2010年05月09日

ライトアップ

ん? このひかりはなんだろう?

ライトアップ1

うえにのってみよっと:

ライトアップ2

うわっ,まぶしいーっ!
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2010年05月04日

公衆電話

午後,次男が昼寝をしていたので,長男だけ連れて車で少し遠出。後で近所のショッピングセンターで落ち合おうと妻に言い残してきたのだが,目的地に着いてから携帯電話を家に忘れてきたことに気付いた。暑かったので,出かける直前に上着を別のやつに替えたのが原因。

さて,ちょっと困った。落ち合う時刻など約束していない。妻は次男が起きたら出かけると言っていたが,いつ起きるかなど分からない。付近に公衆電話がないかと少し探し回るが,ありそうにない場所である。仕方なく,再び車に乗ってしばらく走ったらようやく道端に電話ボックスを発見。長男を車内で待たせて,10円玉を持って近付くが,よく見るとテレホンカード専用機である。テレホンカードなど持っていない。

再びしばらく車を走らせたらコンビニがあったので,ここなら公衆電話あるだろうと思い込んで駐車場に入れるが,どこにも電話などない。以前なら,コンビニの外側には必ずあったものだが…

再々度しばらく走り,ようやく硬貨が入る公衆電話のボックスを見つけた。受話器を上げて10円玉を入れる。うろ覚えの番号を押して(そもそも電話番号はケータイが覚えてくれているから,直接番号を入力する機会など稀である。普通の人なら家族の番号であっても覚えていないかもしれないな)何とかつながるが,こういうときに限って出てくれない。留守録が応答するとその時点で10円玉がカチャンと落ちる。

仕方なく(=次男を起こすかもしれないのを覚悟の上で)自宅の番号に電話。案の定,その電話の音で次男は起きたらしい。

世の中の公衆電話がうんと少なくなっている事実に気付かされた。これは無事にケータイ無しで落ち合った後で撮った記念写真。おかねはいってないかな:

公衆電話

そういえば,この公衆電話の色は独特だと思う。確か,以前は赤や黄が主流だったのが,テレホンカードが使われるようになったときにこの明るい黄緑のやつが登場したと記憶しているが,こういう色の電話はあまり外国にはない。そのせいか,しばらく(数週間〜数か月)外国に行ってから日本に帰ってくると,無性にこの公衆電話の色を新鮮に感じる。
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2010年05月03日

電車

京葉線の3ドア14両編成の連接車E331系。2度目の遭遇。

E331系

確か未だに1編成しか製造されておらず,試運転を繰り返している段階。1両が短くドア位置が他の4ドア車輌と異なるので,休日にしか営業運転されない。2008年末から2009年5月頃まで運転された後,いったん退いていたが,ごく最近再び営業運転を再開したようである。

いまのところこの1編成だけのために,すべての駅のホームに乗車位置を示す標識(「14両編成3ドア」と書かれている)が貼られている。
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2010年04月26日

時間調整した駅

先週末久しぶりに訪ねたたまプラーザ。私はここに1975年4月から1978年3月までの3年間暮らしていたのである。小学校に入学したのが1976年4月だから,実に思い出深い場所である。

ちなみに,いまの妻は当時の同級生である。…ということは決して口外してはならないトップシークレットなので書かないが,当時住んでいた家から小学校までは,車の走らない団地の中の歩道を抜けて6〜7歳児の足で20分ほどの道のりだった。登校時はたいてい友達と一緒だったが,1人のときもあった。確か小学2年の冬頃,学校代表の合唱団のメンバーに選ばれ,早朝から練習があったので,そのときは1人だった記憶がある。

1人のときは退屈なので,家から学校まで電車ごっこをしながら歩いた。家の玄関が始発駅で小学校の校門が終着駅である。途中,橋の手前,公園の横,団地の集会所の入口など,ところどころに自分で勝手に作った駅がある。小学2年にしてちゃんと列車運転ダイヤを作り,早く歩き過ぎたときは途中駅で時間調整をした。

当時の駅の1つがここ:
時間調整

この写真はつい先日撮ったものだが,木がだいぶ成長した以外は30数年前とまるで変わっていない。左に歩いて行くのは知らない人。この場所,右に行くと小学校の本校,左に行くと分校(いまは中学校になっている)という重要な分岐点だから,当然私の電車ごっこ鉄道でも重要な駅の1つであった。

この地点の駅名は忘れたが,とにかくランドセルを背負って1人で小学校に歩いて行く途中,小学2年生の私がこの溝の分岐点の上に立ち止まってから「発車します。次はじゃぶじゃぶ池です。ガタンゴトン」と小声で言っていたのは間違いない。

ある寒い日,少し早足で歩き過ぎたので,この地点で時間調整をする必要が生じた。「××(駅名)です。時間調整のため少々停車します。」と言って,ここに立ち止まり,発車時刻を待っていると,いつの間にかすぐ後ろに見知らぬおばさんが近付いて来て,声を掛けられた。「ぼく,どうしたの?」

小さい体の小学生が,1人で道ばたで立ち止まっていたら,そりゃ具合が悪くなったか足が痛くなったかとでも思うだろうな。「時間調整しています」とも言えず,仕方なく所定時刻よりも早く列車を発車させたことが,つい昨日のことのようである。
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2010年03月27日

ビービーダマ

長男が通う幼稚園の近くの公園(正式には地名を含んだ公園名が付いているのだが,子供たちは「ひろばこうえん」と呼ぶ)に「ビービーダマ」がたくさん落ちている。という話を長男から聞いた。

なんでも,幼稚園の園外保育の時間に,その「ひろばこうえん」に皆で行くとき,おともだちと「ビービーダマ拾い」をやるのだとか。「ビービーダマ」って何? 「ビー玉」が公園にたくさん落ちているはずないし,ひょっとして「BB弾」のことか?

拾ってきた「ビービーダマ」を見せてもらったら,やはり「BB弾」である。まぁでも「玉」じゃなくて「弾」だよ,などと教えると途端に野蛮になりそうだから「玉」のままでいいか。

おともだちと一緒だと,最初に見つけた者が所有権を獲得するらしく,我が息子の「ビービーダマコレクション」はなかなか増えない。せがまれて,しばらく前の休日にわざわざその「ひろばこうえん」まで長男と自転車で出向いた。特に遊具があるわけでもない,芝生とベンチだけの広々とした公園。確かに「広場」のようだ。

どれどれ,本当にBB弾,じゃなくてビービーダマが落ちているのか,と下を向いてうろうろしたら,あるある,黄色いのやオレンジのや白い直径5mmほどのプラスチック弾が,芝生の上や草陰にたくさん落ちている。どうやら,もう少し年長の子供達がここでエアガンで遊んだ(あるいはよく遊んでいる?)らしい。

サイズが小さいので,よくよく地面を見つめていないと発見できないのだが,こっちに1つ,あっちに1つ,と10分ほどで10個ほど見つけた。長男は大喜びで,もっと探して,と言う。小一時間,他に誰もいない「ひろばこうえん」で童心に返ってビービーダマ探し。全部で41個発見した。
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2010年03月26日

寝かし付け考

長男のときもそうだった記憶があるが,生後数か月くらいまでのあいだは母親だろうが父親だろうが他人だろうが寝かし付ければ寝る。もちろん脳波などを調べてみれば,母親に抱かれているときが最も安心しているに違いないが,適当に抱いて適当に揺すっていれば寝る。

半年ほど経つと,母親か父親か他人かの識別ができるようになるので,必然的に母親が有利になる(=母親にとっては大変になる)。よっぽど機嫌の良いときでもない限り,なかなか父親の腕の中では眠ってくれない。それでも何回かに1回は寝かし付けに成功する。母親にとっては当たり前のことでも,こちらの成功率は低いのだから,うまくいったときはガッツポーズである。

長男のときは大変だった。5歳になったいまでこそ,それなりにパパにはなついてくれているのだが,1歳から2歳にかけてのいわゆるモンスター期は,基本的に不機嫌なとき(=空腹,そして眠いとき)は母親以外を頑と拒絶した。ごく稀に,何を間違えたか父親が寝かし付けに成功したりすると,それこそ日記ネタになった。

ちょうどいま,次男がそのモンスター期である。基本的には長男と同様の推移をたどっているのだが,この子の「父親による寝かし付け成功率」は長男のときより遙かに高い。少なくとも,母親が抱いている途中で受け取ろうとしても,のけぞって嫌がったりしない。兄弟の差なのか,こちらの経験の差なのかは不明である。

ただし,それはあくまでも寝かし付けようとしたときの話であって,抱かれることに関しては,次男よりも長男のほうが好んだ気がする。どこにいても,そばにいくと常に両手を上に挙げて「ダッコしてぇ」ポーズをしていた。次男はそれをしない。無理矢理抱き上げると,イヤダイヤダと下りたがる。外出時も,長男のときはずっと抱いていた記憶があるが,次男は1人でどんどん歩く。

寝かし付けのコツはいろいろだが,最も重要なのはそのタイミングである。眠くないときはどうしようもない。逆に眠すぎると最初から父親拒絶態勢だからこれもどうしようもない。適度に眠くて適度に機嫌がよいときに,そっと抱き上げて何らかの子守歌を歌いながら適度なリズムで揺らしたり背中やお尻を軽く叩いたりする。耳元や首筋を撫でるのも効果的である。

耐えること数分。それまで外向きでキョロキョロしていた顔がこちらにもたれかかってくる。さらに数分。寝息が聞こえ始める。ひとたび深い眠りに入ってしまえば,後はこちらが座ろうが布団の上に寝かせようがまず大丈夫である。

今日も成功した:

ぐぅ

11.5kgの湯たんぽを乗せてこちらもしばしうたた寝。気付いたら胸がヨダレでぐっしょりになっていた。
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2010年03月14日

仮面舞踏会

ヴェルディのオペラではない。先日銀座のヤマハで買ってきたアラム・ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」ピアノソロ編曲版の楽譜。この曲は面白い。

なぜか山積みになっていたのを手に取って,なんとなく買ってみたのだが,山積みになっていた理由はよく考えたら何のことはなかった。バンクーバーオリンピックで,浅田真央ちゃんがショートプログラムで使った音楽が,これの第1曲「ワルツ」だったのである。

このハチャトゥリアンという作曲家。バレエ音楽「ガイーヌ」の中の「剣の舞」というのがおそらく最も有名な曲で,プロコフィエフ,ショスタコーヴィチと並んで旧ソ連の三巨匠などと言われるが,子供用のピアノ練習曲を除いてこれまであまり縁がなかった。俗っぽさというか古くささというか,クラシックの作曲家にしては安直な作風が気に入らなかったのかもしれない。

プロコフィエフとショスタコーヴィチは,いずれも学生時代(高校時代)に「はまった」経験がある。ショスタコーヴィチはシンフォニーを聴きまくったし,プロコフィエフはいまでも特にピアノソナタやピアノコンチェルトは大好きである。

そしてこの期に及んで改めてハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。バレエ付随音楽「仮面舞踏会」から5曲を選んだオーケストラ作品で,真央ちゃんが使った「ワルツ」は,ちょっとミーハーでポップな感じはするものの,確かに格好いいし良くできている。その後に続く「ノクターン」「マズルカ」「ロマンス」も良い。最後の「ギャロップ」は,「剣の舞」と,運動会でよく使われるカバレフスキーの「道化師のギャロップ」を合わせたような楽しい曲。

このピアノ用編曲,よくできていて弾きやすいのだが,人前ではこの俗っぽさが恥ずかしくてちょっと弾けないかな。(真央ちゃんが滑ってくれるなら弾いてもいいけど。)
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2010年03月06日

最終講義

母校の恩師が教授職を定年退職されるのを記念した最終講義に列席:

最終講義

大学のトップを務められている最中ということもあり(そのトップ職はまだ8か月ほど任期が残っているようであるが),会場は由緒あるこの大隈記念講堂。新装成ってから始めて入った。

90分間の最終講義を感慨深く拝聴。学部時代に受講していた「電気磁気学特論」を思い出す。

終了後は,隣接するホテルの巨大ホールで数百人規模の大記念懇親会。我が恩師もかつてメンバーだったというグリークラブの合唱:

グリー

卒業生を代表して記念品を贈呈するという大役を仰せ付かる。ひと言喋ってからと言われていたので,5分ほど喋る内容を考えて来ていたのだが,直前に,時間がないから30秒で,と言われる。生まれて初めて30秒間のスピーチというのを経験した。

懐かしい先輩達・同輩達・後輩達とも大勢再会し,楽しい1日を過ごせたが,ずっと立ちんぼで足が棒になった。
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2010年03月02日

若松ついに改良

都心寄りの浦安〜市川付近は概ね改良(立体交差化)が完了した国道357号で,相変わらずの渋滞名所が船橋市と習志野市の境目付近にある若松交差点である。ここは,東西に走るR357に南側から県道15号(千葉船橋海浜線),北側から県道8号(船橋我孫子線;通称船取線)が接続して平面交差点を構成しているのであるが,遙か20年も前から,かなり特異な(偏屈な)交差構造のために,渋滞が発生しないほうが不思議なくらいだったのである。

その特異な交差構造とはこうだ。まず,R357西側から両方の県道へはそれぞれ普通に進入(右左折)できる。R357東側から県道8号への右折も可能である。左折もできるが,県道15号をこの交差点から南に進むと,すぐに方向を東に変えてR357と並行するので,R357東側と県道15号南側の相互間の行き来はあまり意味を成さない。その相互間で行き来をしたい車は,わざわざ若松まで来ないで東側の香澄交差点を使えばよいからである。

次に,県道8号(北側)からR357(右左折)と県道15号(直進)へはいずれも進入できる。問題は,県道15号(南側)から県道8号(北側)へ直進したい車である。なぜか(本当になぜか)ここには直進レーンが存在せず,すべての車を一旦R357の上り(西行き)に進入させる構造になっている。そして,若松交差点の約100mほど西に,いわばUターン用の車路があり,県道15号から県道8号に向かいたい車は,そのUターン用車路を使ってR357の上り→下りと渡った上で,県道8号へと左折して行かなければならない。

R357は,上下ともに2車線なので,上のような動きをする車は当然上り線の右車線からUターンして下り線の左車線に入って左折する必要がある。すなわち,R357を東西方向に流れる車たちを完全にせき止めてしまう。Uターン用の車路も,ただその用途だけならば信号を付けなくてもよさそうだが,ここの北側には船橋競馬場の通用門があり,稀に競争馬などを載せた車が進入してくるので,ここもいちおう交差点の格好をしていて,信号が付いている。どう見てもあり得ない構造なのだが,なぜか(本当になぜか)この状態が20年近くも続いていたのである。

こうなっているのには,きっと直進レーンが作れない深い理由があるのだろうとずっと思っていた。何か邪魔をする構造物でもあるに違いない。ところが,現地に行って観察してみると,県道15号と県道8号を両方向直進させるための空間は普通にある。単に,ガードレールと空き地で直進できないようにしてあるだけなのだ。

必然的に,朝の上り方向,夕方の下り方向は,若松交差点を先頭に大渋滞が起こる。Uターン車のせいで,逆方向も大渋滞とまではいかないが,小渋滞が起きる。私の通勤方向はその逆方向なので,まぁ我慢できないほどの渋滞ではないが,それでもひどい時は信号3つ分くらいは待たされる。

ここを午前中に西から東に抜けるにはテクニックがある。1つ手前の浜町二丁目交差点(ららぽーとの角)を過ぎると,たいてい右車線のほうが空いているのだが,決して右車線に進入してはならない。我慢して左車線の車列の後ろに付く。しばらくすると,必ずといってよいほど,左車線だけが動く。なぜなら,右車線は上述のUターン車(県道15号から県道8号に向かう車)と若松交差点を右折する車たちに遮られてしまっているからである。それを知っているドライバーたちは皆左車線に入るので,右車線が空いているのである。

ここ10年ほどの市川市内の改良(千鳥町立体・高浜立体・二俣立体)のお蔭で,12年前に比べれば遙かにR357経由の車通勤が楽になったが,若松交差点に端を発する渋滞が,時には日ノ出町〜栄町〜西浦付近までつながるので,ここをどうにかして欲しいと長年思いつづけて来た。そしてついにその改良工事が昨年から始まり,今月18日から若松交差点の南北方向の行き来が両方向とも直進可能になる。

これはまだ始まりで,その後,Uターン用車路の廃止,それで空いた空間を使って右折レーンの延長,そして若松交差点の東側に東関東道の湾岸船橋ICが設置されることになっている(詳細はここ)。これらがすべて完成するには,あと2年ほどかかるようだが,湾岸の道路事情が大幅に改善される日は近い。もし若松と日ノ出町の渋滞が解消されれば,津田沼に行くのも芝園に行くのも一切渋滞知らずという夢のような状況が起こり得る。

今月の18日以降,朝の西浦〜栄町〜日ノ出町〜浜町二丁目(津田沼に向かうときは私はここで左折するので若松までは行かない;芝園キャンパスに行くときは,上のテクニックに従って若松の小渋滞を抜ける)がどんな具合になるか,非常に楽しみである。
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2010年02月28日

津波効果

チリ地震による津波警報のために電車が不通。あの潮見駅を出た先で海面下に潜るところがやばいのだろう。

見合わせ

新木場では東京方面行きホームからも折り返し蘇我行きが発車していたのだが,ちょうど運転再開の直前で,珍しい行き先案内表示が撮れた。

2番線



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