2010年06月09日

ブレンデルのショパン

歴史上最も代表的なピアノ曲の作曲家といえばフレデリック・ショパンであろうから,どんなピアニストでも必ずショパンを弾く,あるいはショパンの曲がレパートリーに入っているかといえばそうでもない。「ショパン弾き」として有名なピアニストは山ほどいるが,「ぜったいショパン弾くもんか」というピアニストも存在し,その中でおそらく最も有名なのがアルフレート・ブレンデルであろう。ベートーヴェンやシューベルトなどのドイツ系作曲家のピアノ曲を正統的に弾いてきたこのピアニストには,そもそもショパンなどは似合わないし,2008年末頃に彼はピアニスト活動からの引退を表明しているから,今後弾かれることもあり得ない。

ところがである。探してみると出てくるのであって,1968年に5曲のポロネーズ(4〜7番とアンダンテスピアナート付きの華麗な大ポロネーズ)を録音している。おそらくこれがブレンデル唯一のショパンの録音であろう。インタビューなどでは「私は決してショパンは弾かない」と言っていたのに,何を間違えたのか,あるいは何か録音すべき特別な理由があったのか。

NAXOSのMusic Libraryにこのディスクが入っていたので聴いてみた。なんとも不思議なショパンである。グールド,ポゴレリチ,ブーニンなどのショパンも不思議(というか非正統的)だが,彼らは自ら意識してそう弾いているのに対して,ブレンデルのショパンは決して奇をてらっているわけではない。決して下手ではないし,B級というわけでもない。譜面通りに弾いてはいるが,なんとなくアレンジが加わっているように聞こえてしまうのである。いろいろ調べてみると,すでにベートーヴェンその他の演奏で名声を得た後にも関わらず,この録音が出た当時の反応はほとんど無視に近かったようである。そういう論評を知ると,なおさら気になってしまうのだが,うーん,なんだこのショパンは。
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2010年03月14日

仮面舞踏会

ヴェルディのオペラではない。先日銀座のヤマハで買ってきたアラム・ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」ピアノソロ編曲版の楽譜。この曲は面白い。

なぜか山積みになっていたのを手に取って,なんとなく買ってみたのだが,山積みになっていた理由はよく考えたら何のことはなかった。バンクーバーオリンピックで,浅田真央ちゃんがショートプログラムで使った音楽が,これの第1曲「ワルツ」だったのである。

このハチャトゥリアンという作曲家。バレエ音楽「ガイーヌ」の中の「剣の舞」というのがおそらく最も有名な曲で,プロコフィエフ,ショスタコーヴィチと並んで旧ソ連の三巨匠などと言われるが,子供用のピアノ練習曲を除いてこれまであまり縁がなかった。俗っぽさというか古くささというか,クラシックの作曲家にしては安直な作風が気に入らなかったのかもしれない。

プロコフィエフとショスタコーヴィチは,いずれも学生時代(高校時代)に「はまった」経験がある。ショスタコーヴィチはシンフォニーを聴きまくったし,プロコフィエフはいまでも特にピアノソナタやピアノコンチェルトは大好きである。

そしてこの期に及んで改めてハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」。バレエ付随音楽「仮面舞踏会」から5曲を選んだオーケストラ作品で,真央ちゃんが使った「ワルツ」は,ちょっとミーハーでポップな感じはするものの,確かに格好いいし良くできている。その後に続く「ノクターン」「マズルカ」「ロマンス」も良い。最後の「ギャロップ」は,「剣の舞」と,運動会でよく使われるカバレフスキーの「道化師のギャロップ」を合わせたような楽しい曲。

このピアノ用編曲,よくできていて弾きやすいのだが,人前ではこの俗っぽさが恥ずかしくてちょっと弾けないかな。(真央ちゃんが滑ってくれるなら弾いてもいいけど。)
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2009年10月30日

ポリーニの平均律

心待ちにしていたディスクをようやく入手した:



なんと,ポリーニがバッハを初録音。リサイタルでは時々アンコールなどで取り上げていたようなのだが,10年ほど前(ひょっとしたらもっと前かも)のインタビューで,この曲集は自身で研究を重ねて納得するまで録音はしない,とか明言していたので,しばらくはコンサートに行かない限りは聴けないんだろうと思い続けていたところへの朗報。

何と言っても,平均律クラヴィーア曲集である。ベートーヴェンのピアノソナタ集が「新約聖書」,これが「旧約聖書」というのが,ピアノ界の常識である。確かボイジャーの何号だったかに載せられたゴールドディスクの中身は,かのグールドの平均律ではなかったか(違ったかも)。

とにかく,本人が納得するまで録音しないと言っていたくらいだから,万を辞して,じゃなかった,満を持して自信を持ってリリースしたに違いない。これは期待しないほうがおかしい。第2巻も間もなく録音?

襟を正して1番から順に聴いてみた。音楽はバッハだが,どういうわけかベートーヴェンの後期のソナタ,あるいはショパンのエテュードに通じる何かを感じる。グールドのバッハも強烈だが,これも実に強烈。何かしながらBGMで聴くのは失礼というか,ちゃんとした再生装置とそれなりの音響空間を準備して1人だけで没頭できる状態で聞かなければならないというか,これが真の芸術だ,というアピールすら与えている。あと20回くらい聞かないとこれ以上のコメントは書けないけど,歴史的名盤になることはほぼ間違いない。
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2009年10月18日

エリア

メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」。サヴァリッシュが1986年(私が高2のときだ)にN響60周年かつ第1000回公演で演奏したときのライヴ録音:



3年ほど前に,小澤征爾氏がサイトウキネンフェスティバルで取り上げていたが,曲の素晴らしさの割に,なぜか日本ではあまり知名度が高くない気がする。全曲2時間の大曲だが,バッハのマタイ受難曲,モーツァルトのレクイエムと並べてもまったく遜色ない音楽的内容なのである。

上のN響1000回のときの演奏(映像)を,当時は年末に必ずやっていた「音楽ハイライト」で(終曲だけだったが)見て身震いし(高校2年のときである),以来ずっと惚れ込んでいろいろな演奏(といっても5種類くらい)を聴きまくった。1997年の秋には,NYCのカーネギーホールでこれを全曲マズア&NYPのライヴで聴いた。チケット発売2日目くらいに窓口に行ったのに,すでに良い席は完売で後ろのほうの安い席しか残っていなかったのだが,あの時は事前にフルスコアを購入して持参し,音符と歌詞を追い掛けながら聴いたら2時間があっという間だったのが昨日のことのようである。

これのピアノ編曲版の楽譜がないかなと探しているが,いまのところ見つからない。自分で作ってみるか?
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2009年08月13日

レリーク

フランツ・シューベルトのピアノソナタに傾倒というか猛然とはまり始めたのは最近のことではなく,20代前半の頃からであるが,年を取ると共にどんどん深入りし,もはやこれなくして生きていけないレベルになりつつある。誰だったかが,仮にモーツァルトとベートーヴェンとショパンのピアノ曲がこの世から消えてしまっても我慢できるが,シューベルトのピアノ曲が消えてしまったら困る,と書いていたが,極めて同感である。

モーツァルトはともかくとして,ベートーヴェンもショパンも私にとっては疎かにできない作曲家なのだが,シューベルトは別格。音楽的にどちらが良いとか悪いとかの問題ではなく(ちなみに,一般的にはシューベルトは歌曲王として名を馳せた人であって,ピアノ曲の評価はさほど高くない),私の(特にここ数年の私の)精神状態の波長に合い過ぎなのである。

ところで,数年前にNHKのスーパーピアノレッスンにも登場していたミシェル・ダルベルトが,そのシューベルトのピアノ曲全集なる秀逸なCD-BOXを出しているが,その中にある何曲かの解釈が極めて面白い。シューベルトのピアノソナタは,最後までちゃんと完成した曲の割合が少なく,一部の楽章しか完成していなかったり,中には途中までで切れてしまっている,つまり未完の楽章が含まれていたりで,一般のピアニストはそういう曲はまず演奏しないし,たまに演奏されても適当にアレンジする(あるいは著名な編曲家によるアレンジを使う)ことが多い。ところが,ダルベルトは,原譜に極めて忠実に,楽譜が途中で切れてしまっているところはその通り途中でプツリと切れた演奏を録音しているのである。

一般に第15番とされているハ長調 D840(通称レリーク)は,完成している2楽章までしか録音しないピアニストが多い中,ダルベルトは第3楽章と第4楽章も入れている。第3楽章のメヌエットは,楽譜をパッと見る限りではほぼ完成しているのだが,よく見ると,トリオに入る手前でメヌエット部分がプツリと切れている。解説書によると,シューベルトはそこの直後に乱雑な字で「USW, USW」と殴り書きをしたらしい。

また,第4楽章は,仮に最後まで完成していれば全楽章通じて素敵なソナタになり得たのに,やはり途中でプツリと切れる。その切れる2小節前には左手の伴奏が消え,右手のメロディも突然消える。あまりに不可解な仕事の投げ出し方なのだが,何らかの事情があって完成させるのを諦めたのだろう。

それにしても,ここ1年ほどの私の状態は,この「レリーク」ソナタの他には喩えが思い付かない。
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2009年05月30日

段差

ショパンのバラード第1番,130小節目からの上昇音階部分(譜面は129〜134小節):
cho_bal1_51a.jpg

私の下手な演奏(126〜136小節付近):

弾くのもなかなか難しいのだが,ここの右手の構造はどうかしている。2音ずつ下と上にばらすと,下側は Bb - Cb - C# - D - E - F - G - Ab と1音ずつ上がるのに対して,上側は D - D - F - Ab - Ab - Cb - Cb - D - D - D - F と,レファラドを1〜3音ずつ,局所的に見ると不規則な個数ずつ叩かなければならない。そのたびに度数が変わるので,実に難儀である。しかも,オクターヴ上がって同じ音階が始まる箇所が,左手の和音とピッタリ合わない。

音響的にもかなり不気味な不協和音の連鎖になるから,誰の演奏を聞いても効果抜群なのであるが,どうしてこんな曲が作れるんだろうと,とりわけ感心する部分である。ショパン絶賛。

ちなみにこの曲,中学生の頃からショパンの作品で最も好きな曲の1つなのである。
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2008年12月22日

同音連打

別ブログに分離しようと考えつつもとりあえずこちらに。

同じ音を続けて速く連打する場合がある。たとえばこんなの:

lhr2c.jpg

この楽譜によると,最初の小節の右手C音(嬰ハ短調なのでCis音だが)6連打を 4-3-2-1-4-3 のように弾けと指示してある。同じ音だから同じ指で弾けば良さそうなものだが,低速ならともかくある程度以上の速度になると同じ指での連打というのは限界があるので,同じ鍵盤を異なる指で連打する,つまり音階を弾くときのように指を使って同じ鍵盤を叩くのである。

この技術は,一般のピアノ弾きにとっては常識であり,プロのピアニストもたいていそのようにするのであるが,絶対に必須ではないというか,指さえ鍛えておけば,むしろ同じ指で同音連打するのはいけないことではない。その証拠に,かのショパンが残した資料(というかおそらくは弟子に伝えたのであろう演奏技法)の中に「ある程度の速さまでは,同じ音の連打のときに指を変えてはいけない」と書かれているのだ。

「ある程度の速さ」がどのくらいかは大いなる謎で,上に載せた楽譜(リストのハンガリー狂詩曲第2番の中間付近)の箇所は,それ以上の速さに該当するのかもしれないが,少なくとも物理的に無理でなければ同音連打に同じ指を使うというのは,余分な揺れが生じないので極めて理に叶う。

というわけで,とある事情により現在20年ぶりに復活練習中の「ラ・カンパネッラ」と「ハンガリー狂詩曲第2・6・12番」に出現する同音連打パートについて,指を変えずに弾けるよう挑戦中。

で,人差し指や中指で同音連打をしているときの感覚はあれだ。

ゲームのコントローラのボタンを高速連打して敵を倒したりするのに極めて近い。ああいうゲームが得意な人は,超高速で理想的なリストが弾けるのかもしれない。
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2008年12月02日

運指

以下のような話を何とか工学の土俵に載せようと奮闘している学生も私の研究室にいるようだが,マニアックになればなるほど深みにはまっていき夜も眠れない。

たとえば,最近少々はまりかけている作曲家,フランツ・リストの超有名かつ超難曲に「ラ・カンパネッラ」というのがある。正確には「パガニーニによる大練習曲」の第3番。これを初めて練習したのはもう20年ほど前だが,未だに完璧に弾きこなすのには程遠く,なんとかすべての音符を叩くことができるかどうか,その主たる理由はこれだ。

llc1.jpg

2小節目の2〜4音目は,見ての通り2オクターヴ離れている。これを右手だけで高速で弾くわけだから,いくら手が大きくても(ちなみにリストの手はC音から1オクターヴ以上上のA音まで届いたらしい)かなりアクロバティックな指のジャンプを行わざるを得ない。

実は,上の部分は左手がおとなしいのでまだ易しい。曲が進むとたとえばここ:

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2オクターヴに近いジャンプを両手で同時にやる必要がある。まぁここも練習を重ねればどうにか弾けるようにはなるのだが,音を外すリスクが高いところは,どうにかしてその危険性を少しでも小さくできないかと考える。その結果,たとえばこんな技を思い付く。

上の譜例の2小節目,赤い○を付けた右手の第2音(F#)は,同時に弾く左手のD#音に近い。したがって,F#を右手で弾かずに左手でD#と同時に弾けば,右手はD#→D#の1オクターヴ下降だけで済む。この曲に限らず,リストの楽譜と格闘しているとそういうケースがけっこう見つかり,実践してみるとそれなりに弾きやすい。

でもこういう「技」は,一般には「邪道」である。プロのピアニストは絶対にやらない。最近,DVDなどで演奏の指元が見られる映像が入手しやすくなったので,果たして同じようなことをしているピアニストはいないものかと注意して見ているのだが,いない。下手に逆の手を介入させると,音の大きさや音符のつながりのバランスが崩れ,ぎこちない響きになってしまうからだろう。オートマ車で,アクセルペダルを右足で,ブレーキペダルを左足で踏むようなものかもしれない。

ちなみに,この「ラ・カンパネッラ」という曲,聴くのと弾くのとではだいぶ印象が違う。そういう曲は他にも多いのではあるが,たとえばこの部分:

llc3.jpg

相当に難しそうに聞こえるのであるが,弾くのは意外に簡単である。逆に,ここなど:

llc5.jpg

は,さほど難しくなさそうに聞こえるのだが,実は難しい。ここも運指を少し工夫すると弾きやすくなるのだが,やはり邪道らしくそういう指示のされている楽譜は見たことがない。

というわけで,運指を研究すればするほど,作曲者すら意図しなかった(というか作曲者がヴィルトゥオーゾならば,そんな努力は不要か)弾き方が発見されて楽しい。こういうの,自動的に見つけて楽譜上にマークしていってくれるプログラムが作れないものかな,と思ったので忘れないうちに記録しておく。誰か卒論のテーマでやってくれないかな。
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2007年10月24日

マーラー

仕事の話のような気もするが敢えてこちらに。

今日の授業中,基本周波数の説明から派生して楽器の調弦の話などをした序でに,マーラーの第4シンフォニーの中ではわざと高めに調弦したヴァイオリンを使って変な響きを作っている部分がある,という話をしたのだが,ふと気になって,約130名ほどの受講者に向かって「マーラーの音楽って聞いたことある? 聞いたことある人,手を挙げて」と聞いてみたら,なんと,まったく手が挙がらない。

皆がポカンとしているので,やむなく「じゃ,ビートルズの音楽聞いたことある人は?」と聞いてみたら,さすがにこれにはけっこう手が挙がるが,それでも全員ではなかった。こちらは,音楽は知っていてもそれがビートルズのものと知らないケースもあるのだろうが。

「マーラーブーム」なる現象はもうだいぶ前のことだが,私はちょうどその頃十代半ばで,いろいろな演奏を大いに聞き込んで大いに感銘を受けた。音楽に限らないが,感受性の豊かな若いうちに接しておかないと一生その良さが分からない芸術作品というのは多いと思う。

というわけで,学生諸君,マーラーの交響曲(できれば全曲)をいまのうちに聞いておくことを大いに勧める。
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2007年08月12日

ショパンの楽譜

前回(2005年)のショパンコンクールから「公式の」楽譜に指定されたヤン・エキエル編のナショナル・エディション。これはその第6集(ポロネーズ集):
cho_pol_eki.jpg

要するに,ショパンコンクールに出場する人は,この楽譜に準じて演奏することが望ましい,といういわばお墨付きの楽譜で,おそらくはこれからショパンを演奏するピアニストたちは皆この楽譜を参考にするのではないかと思われる。ショパンはポーランドの人なので,ナショナル・エディションとは,ポーランドのナショナル・エディション,すなわち中身はポーランド語と英語。最近,ぼちぼちと日本語化(解説の日本語訳の添付)が進んでいるが,まだ完全ではないようである。

ショパンコンクールに出場する予定はないが(というか年齢制限10年オーバーか),個人的な研究用に最近入手した。上のポロネーズ集が銀座のヤマハで5,880円。(ということは,他の曲集も全部買うと5万円くらいかかるらしい。)

ところで,同じ曲集の楽譜ならどれでも同じと思われるかもしれないが,実は編者の解釈でところどころ違うのであって,長年研究しているうちにけっこうたまってきた。ポロネーズ集だけで手元に5種類もある。これが最初に買った全音楽譜出版社版:
cho_pol_zen.jpg

おそらく国内では最もポピュラー(かつ廉価)な楽譜である。最近のにはビニールカバーと色帯が付かなくなったが,かつては初級用に赤,中級用に黄,上級用に青の帯と写真のようなカバーが付いていた。買った当時(1984年)の価格は1,300円。

次がヘンレ原典版。他の作曲家のも含めておそらく世界で最も使われているのではないかと思われる。買った当時(1990年頃)の価格3,500円。いまはデザイン(フォント)がちょっと変わっている:
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パデレフスキ版。買った当時(1993年頃)の価格2,500円:
cho_pol_pad.jpg

コルトー版。買った当時(1998年頃)の価格2,100円:
cho_pol_cor.jpg

ということで,気が付いたらポロネーズ集の楽譜だけに15,280円も費やしたことが発覚。他の曲集(ソナタ集,バラード集,スケルツォ集,プレリュード集,エテュード集,マズルカ集,ワルツ集,ノクターン集,即興曲集,その他)や他の作曲家の楽譜も同様に各種集めてしまったことは内緒にしておくが(ついでに,それだけの研究成果が出ているのかどうかも内緒),まだまだ欲しい楽譜がいっぱいあったりして。
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2007年08月06日

指の感覚

来月に迫ったソロ・リサイタルに向けて練習を開始。

かつて指の動かし方を完全に身に付けた曲は,たとえ数年間演奏していなくても,比較的短い時間でその感覚を思い出せるのは不思議だ。これはおそらくどんな楽器でも,いや,楽器に限らず道具でも機械でもそうなのだろう。

たとえば,マニュアル・トランスミッションの車の運転。ずっとオートマ車に乗っていて久しぶりにマニュアル車を運転する場合,最初はギアをつなげる感覚がよみがえらず苦労するが,ものの10分ほどでその感覚は取り戻せる。自転車の乗り方などもそうかもしれない。10年くらい乗っていなくても,乗れなくなったという話はあまり聞かない。

鍵盤楽器の場合,いちばん初めは楽譜とにらめっこして音を出しながら指使いを覚える。ある程度弾けるようになると,いつしか楽譜を見なくてよくなる。意識して暗譜をすることもあるが,特に努力しなくても気が付いたら楽譜を見る必要がなくなっている。芸術的に高度なレベルというか,他人に聞かせられるレベルに達するには,そこから先がけっこう大変なのだが,技巧に限れば暗譜できた時点でほぼ完全に身に付けたと言えるだろう。

不可解なのは,しばらく弾いていない曲を思い出そうと楽譜を「しっかり」見てしまうと,却って感覚がよみがえりにくくなることである。音を確認する程度ならよいのだが,1音ずつ楽譜を辿ろうとするとまったく指が動かない。これは,楽譜上の情報と指先を制御する情報とが必ずしも対応していないことの所以である。って当たり前か。

とにかく,10年ほど前に完全に仕上げた難曲を必死でリストア中。間に合うのかな…
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2006年11月06日

音楽のない音楽専門店

ヤマハ銀座店B1(正確には,7丁目の銀座通り沿いにあるヤマハミュージック東京銀座店の地下)は,私にとって大昔から聖地のような場所である。洋書イエナがなくなってしまったいまでも,銀座はいちばん好きな町なのであるが,それはこの地下があるからかもしれない。他にも好きな町や好きな場所はいろいろあるが,果たしてここを上回る場所があるかと考えてみると,すぐには思い浮かばないから,やはりここは聖地?

地下にあるのは国内最大級の楽譜売場である。ただ大きいだけでなく,品揃えもよいし,レアな輸入版の楽譜や他のショップには在庫のないことが多い室内楽や吹奏楽のマイナー楽譜も多数置いてある。少しでも楽器をやっている人には言わずと知れた有名店である。オーストリアのウィーンに Doblinger というヨーロッパで最も大きいと言われる楽譜店があり,過去に2回行ったことがあるが(2回ともちょっと立ち寄るだけのつもりが2時間近く費やしてしまい,旅行のスケジュールが大いに狂った),後ろ髪をひかれながらそこを出るとき「東京にもヤマハがあるさ」と自分に言い聞かせられたくらいだから,至近にこういう店があるのは何というか幸せである。

ところで,この地下フロアに下りていくとある種の違和感を感じる。休日などは常に混み合っているのだが,「混んでいる店に入った」という気があまりしない。その理由は簡単で,BGMが流れていないのである。普段はお店でBGMが流れているかどうかなどあまり気にしないかもしれぬが,だいたいどんな店でも流れているのであって,それがないと人間は違和感を感じるらしい。

それでは,なぜヤマハの地下では決してBGMが流れていないのか? その答えも少し考えれば簡単で,そこが楽譜売場だからである。すなわち,楽譜を立ち読みするときにBGMが流れていると邪魔なことこの上ないのである。さすがに老舗だけあってそういうことがよく分かっている。音楽の専門店で決してBGMが流れていないというのは,ある種のパラドックスのようでもあるが,そのことが聖地になり得る条件でもあるのかもしれない。

そのヤマハ銀座店,今年いっぱいで一時閉店らしい。ビルを建て替えるのに1丁目の仮店舗に移転するとか。新装オープンは2009年春とのことで,聖地はどうなることやら。

ちなみに,先日サラを目撃したのはここではなく4丁目の山野楽器である。
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2006年10月09日

シェーンベルク

気が付いたら頭の中を音楽が流れているということがよくある。どういうわけか好きな曲やよく聴く曲ではないことが多い。普通はただ頭の中を流れるだけで,その曲が何の曲かは意識しないが,ときどき猛然と気になることがある。曲名がすぐに分かればそれまでだが,分からないときは始末が悪い。

今日の昼下がり,ボーッと食後のコーヒーを飲んでいるときに閃光のごとく一瞬頭の中を流れた旋律は,その手の「始末が悪い曲」では過去最高であった。どこかで聴いたことのある無調のメロディ。オーケストラ曲かピアノ曲かすら分からぬ。しかも曲の先頭とかサビではなくただのフレーズ。

探索の詳細は省略するが,CDを50枚分くらい(実際にはiPodに収めてあるのだが)サーチし,ようやく何の曲か判明したのは夜10時過ぎだった。忘れないために記録:

シェーンベルクの「6つのピアノ曲 作品19」の4曲目。

ほんの20秒ほどで終わる曲の後半部分のみ。前後を含め,格別好きな曲ではないし,そもそもシェーンベルクなどそう滅多に聴かないのに,である。

無調やセリーの音楽の芸術的価値を明確に感じられる感性を自分は持ち合わせていないと思い込んでいたが,深層心理には染みついているのかもしれない。
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2005年11月08日

ラプソディ

学生の卒論で,音楽の音符遷移を統計モデル化するというのをやらせているが,私は私でフランツ・リストの「ハンガリー狂詩曲集」の音符遷移を自分の指先で研究中。ピアノ音楽史上最も異彩を放っていると言われるリストの中でもとりわけ異彩を放っているのがこの曲集であり,これの2番や6番や12番が弾けることは,ヴィルトゥオーゾと呼ばれる条件と言ってもいいだろう。

どこでもよいが,たとえば第6番の40小節目,嬰ハ長調のプレストに入る直前の,私の指使いで言えば 31324132413252314231423142314231..... の上昇→下降→急上昇の部分とか,第12番の「フリスカ」に入る直前の 432143214321432143214321..... 部分などは研究に値する。(後者を 4321 で弾くのはもしかしたら邪道かも。)

ところでこの曲集,15曲のどれをとってもそれなりに名曲だと思うし,それ以上にこの狂ったような音符遷移は,少なくともプロのピアニストたちが無視し得えないようにも思うのだが,異彩過ぎるのか,あるいは本当に難しいからか,難しいわりに評価されにくいからか,全曲の録音というのは僅かしかない。

おそらく最もよく知られているのは1950年代のジョルジュ・シフラ盤と思われるが,これにはところどころ「怪しい」箇所がある。音が不自然に不連続で,どうもテープを切り貼りしたように聞こえるのである。真相を知りたくてWeb検索してみたが分からなかった。
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