2005年08月11日

212 rue de Tolbiac

懐かしい場所を訪ねて「懐かしい」と思うにはそれなりの条件が必要である。あまりに変化が激しいと記憶の光景と一致しないから素直に懐かしいと感じられず,こんなところだったかなぁと訝しく思う。そういうことはよくある。新しい建物がちらほら増えて,街路樹の雰囲気が少し変わっているくらいならば,以前の景色とはちょっぴり違うが,あぁ確かに何となくこんなところだった,そのくらいが「懐かしい」と思うのにちょうどよい。

ところが,久しぶりの場所を訪ねて,記憶にあるその場所の光景がそっくりそのまま,何も変わっていないとすると,これはただの「懐かしい」では済まない。むしろ,長い時間が瞬時に短絡したような,つい昨日のことのような感覚にとらわれて,何とも言いがたい空虚な「懐かしさ」を受容することになる。なぜ空虚かと言うと,俺はあれ以来ずいぶん長い人生を歩んできたのに,この場所は何も変わっていない,いままでの時間は何だったのか,と感じるからであろう。

そういうことは,相手が自然の場合,たとえば山や海の景色の場合には比較的よくある。どこかの海岸から見る遠くの岩の形など,そう簡単に変わるはずがないのである。しかし,人々が暮らしている街の中の景色ではあまり起こらない。少なくとも東京の近辺では,変化が激しく数年のうちに新しい建物が建つなどごく当たり前のことなので,過去の記憶とまったく同じ光景という事態はなかなかあり得ない。

今日の昼下がり,12年ぶりにパリ13区の 212 rue de Tolbiac (トルビアック通り212番地)を訪ねた。1993年の秋に数ヶ月間だが生活をしていた場所である。

Tolbiac通り

見事に何も変わっていない。道沿いに並ぶ建物どころかお店の看板も記憶のままだし,街路樹も12年前と同じ形である。この景色が目に入った途端,あのときに何を考えてこの道を歩いていたかまで鮮明に思い出したほどである。何とも言い難い空虚な懐かしさが胸にこみ上げる感覚。12年って長いのか短いのかよく分からぬ。
posted by gecky at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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