2004年11月12日

言語獲得のはなし

学部3年の「ディジタル処理」という講義の中で音声処理に関する話を少しだけしている。もともと「音声処理」という名の講義が「ディジタル信号処理」と合併して「ディジタル処理」というなんとも不思議な名の授業に変わってしまったためだが,それはいいとして,信号処理と音声処理についてだいたい 7 対 3 程度の割合で講義をしている。例によって,学生に興味を持たせるための前段の話(中には「雑談」と呼ぶ者もいるが決して雑談ではない)をいろいろとするのだが,その中で比較的好評な(私が勝手に好評と思い込んでいる)話の1つに「ママとパパ」の話がある。

乳幼児が言語を獲得する際に最も初期に出現する単語は,万国共通「ママ」であり,それは周知の通り母親を指したり,若干変形を伴って食べ物を指したりする,という話である。母親や食べ物は赤ん坊にとって最も重要な対象物であるから,それらの呼称をいち早く獲得することはごく自然である。「ママ」の次あたりに出現するのは「パパ」であり,通常それは父親を指す。父親よりも母親のほうが先というのは,男としては幾らか悔しい気もするが,まぁこれはしょうがないだろう。

さて,興味深いのは,母親と父親がなぜたとえば「カカとトト」ではなく「ママとパパ」であるか,という点である。音声学をちょっとだけ研究すると,いや研究しなくても少しばかり考えればこの理由は明白であり,子音の中で /m/ と /p/ は極めて発音しやすい上,「口真似」しやすい音韻だからである。 /m/ と /p/ のいずれも口唇で調音される,すなわち「くちびる」で作られる音であり,他のたとえば /t/ や /k/ などのように歯の裏側や口の奥深くで作られる音より発音しやすいのである。したがって,一般に赤ん坊は,母親や父親の口を見て真似することで /m/ や /p/ の音を獲得し,「ママ」と「パパ」が他の単語よりも早期に出現するのである。

講義中の話はたいていここまでだが,いまの私にとっては「パパ」よりも「ママ」が先に出現する,というのが大問題である。明らかに赤ん坊は母親と接触する時間のほうが長いし,父親より母親のほうがプライオリティが高くなってしまうのは「やむを得ない」ので,百歩譲って「ママ」が先に出現するのは仕方ないとして,「ママ」の出現後どのくらい経ってから「パパ」が出現するのか。仮に何か月もかかってしまうようでは父親の威厳が保てまい。

…と考えた途端に作戦開始。いまのところ育児に関して私のほぼ唯一の日常的義務である「入浴」時間に,湯の中で愛息を膝に乗せ,目を合わせながら「パパ,パパ,パパ…」を際限なく繰り返す。努力の成果あって(努力しなくても普通そういうものです,などと言わぬように),月齢3か月を過ぎた頃から「あー,あー,うー,うー」なる声をよく出すようになってきた。この「あー,あー」というのはきっと「パーパー」と言おうとしているに違いない。

ところがまずいことに,程なくこの作戦をママに知られるところとなり,ママは日中の長い時間をかけて,パパが汗水垂らして働いているというのに,ぽかぽかの日だまりで「ママ,ママ,ママ…」とニコニコと際限なく繰り返しているらしい。これは致命的にまずい。音声学的に見ても明らかに「マ」より「パ」のほうが分が悪い。

こうして,「あー,あー」は「マーマー」なのか「パーパー」なのか定かでない日々が続いたのだが,ごく最近になって,この賢い息子はそのどちらでもない言葉を口にするようになった。

こいつ,ママでもパパでもなく自分の名前を呼んでいやがる。
posted by gecky at 00:00| 千葉 ☁| ことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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