2008年11月19日

情報処理

いまの所属学科に移籍するまで8年ほど情報系学科の教員をやっていたので,私のことを情報処理の専門家と思い込む人が多いのであるが(そう思われても別に困りはしないが),実は自分ではあまりそういう意識はない。出身は電気系学科だし,情報処理と名の付く学会に入会する必要が生じたときなど,別分野に首を突っ込むような気がしたほどなのである。(そのわりには,その学会ではなんだかいろいろな役をやらされたのだが,数年前に任務はすべて終了したので退会しちゃおうかな。)

いまの所属学科は,強いていえば「機械+電気+情報系学科」なので,むしろ本来の専門というか出身学科に近付いたとも言える。決して別分野に首を突っ込んだのではない。

…と,誰にも聞かれていないのに言い訳をしておいた上で「情報処理」についての一考察。

私の知る限りで,情報系の専門家(特に大学教員)の多くは,その道に進んだのはコンピュータに興味を持ったのがきっかけと言う。特に我々の世代(30〜40代くらいの世代)は,コンピュータが普及し始めた時期に多感な少年時代を過ごしているので,ハードウエアもソフトウエアも含めコンピュータに興味を持つに充分な環境が備わっていたのである。

それに比べ,いまの学生たちの世代は,そもそもコンピュータに対する感覚が違っている。物心付いた頃からすでにコンピュータが身近にあったろうし,小学生の頃から電子メールやWebなども当たり前に存在したのである。少なくとも私自身は,初めて電子メールというものを使ったのは大学4年生の時だったので,彼らと同世代と言うのは少々苦しい。

私も,他の同世代の情報系人間と同様に,かなり初期の頃からコンピュータに触れてきたので,否応なくそれなりの知識や技術が身に付いてしまっていることは否定しないが,程度の比較をすると,いわゆる「コンピュータ少年」的な接し方には程遠かった。すごい人はすごい。中学生の頃から自分でコンピュータを組み立てたり,アセンブリ言語を使いこなしたり,コンパイラを自作したりしている。少なくとも私はそういうことをした覚えはないし,コンピュータ少年でもなかった。

そう考えてふと思い当たるのが,システム手帳である。しばらく前に「システム手帳ブーム」なる社会現象があったが,あれは私が大学生の頃のことで,それより以前,ちょうど高校に進学した直後の頃,システム手帳(それも特定の某社の手帳)に大いなる魅力を感じて,ほとんど高校の3年間,どっぷりとシステム手帳にはまっていたのである。なぜかその数年後に,世の中がシステム手帳ブームになった途端に興味を失ったのであるが(そういう意味では「マーラーブーム」も同じだ),いまから思うと,あのシステム手帳こそ,私の情報処理的センスのルーツなのではないか。

きっかけは確か,通学路上にあった文房具屋でその某社のシステム手帳を見かけたことだったと記憶しているが,サークルで1年先輩だったT氏が見事にシステム手帳を使いこなしていたのにも影響を受けた。影響といえば,やはり高校のサークルで1年後輩だったT君も,いつの間にか私のようにシステム手帳にどっぷりとはまってしまったのだが,確か彼は文系の学部に進学したにもかかわらず,一時期情報系の会社に就職してSEをやっていたはずである。きっかけが同じだったのかもしれない。

したがって,私にとっての情報処理とは,プログラミングではなく情報整理である。情報整理といえば知的生産と自己啓発である。あの頃,梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」をはじめとして,川喜田二郎氏の「発想法」,板坂元氏の「考える技術・書く技術」などの古典名著を読み漁り,大いに影響を受けた。山根一眞氏の「スーパー書斎」シリーズは,まだ高校生だったが出版とリアルタイムで愛読していた。野口悠紀夫氏の「超整理法」がヒットするずっと前のことである。

そういうことを思い出しつつ,少し違った切り口で情報処理の講義をやったら面白いだろうな,と考えたのは,実は2年ほど前である。私の「数値解析学」の授業の半分が,あまり数値解析学っぽくないのはそのためである。
posted by gecky at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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