2009年08月13日

レリーク

フランツ・シューベルトのピアノソナタに傾倒というか猛然とはまり始めたのは最近のことではなく,20代前半の頃からであるが,年を取ると共にどんどん深入りし,もはやこれなくして生きていけないレベルになりつつある。誰だったかが,仮にモーツァルトとベートーヴェンとショパンのピアノ曲がこの世から消えてしまっても我慢できるが,シューベルトのピアノ曲が消えてしまったら困る,と書いていたが,極めて同感である。

モーツァルトはともかくとして,ベートーヴェンもショパンも私にとっては疎かにできない作曲家なのだが,シューベルトは別格。音楽的にどちらが良いとか悪いとかの問題ではなく(ちなみに,一般的にはシューベルトは歌曲王として名を馳せた人であって,ピアノ曲の評価はさほど高くない),私の(特にここ数年の私の)精神状態の波長に合い過ぎなのである。

ところで,数年前にNHKのスーパーピアノレッスンにも登場していたミシェル・ダルベルトが,そのシューベルトのピアノ曲全集なる秀逸なCD-BOXを出しているが,その中にある何曲かの解釈が極めて面白い。シューベルトのピアノソナタは,最後までちゃんと完成した曲の割合が少なく,一部の楽章しか完成していなかったり,中には途中までで切れてしまっている,つまり未完の楽章が含まれていたりで,一般のピアニストはそういう曲はまず演奏しないし,たまに演奏されても適当にアレンジする(あるいは著名な編曲家によるアレンジを使う)ことが多い。ところが,ダルベルトは,原譜に極めて忠実に,楽譜が途中で切れてしまっているところはその通り途中でプツリと切れた演奏を録音しているのである。

一般に第15番とされているハ長調 D840(通称レリーク)は,完成している2楽章までしか録音しないピアニストが多い中,ダルベルトは第3楽章と第4楽章も入れている。第3楽章のメヌエットは,楽譜をパッと見る限りではほぼ完成しているのだが,よく見ると,トリオに入る手前でメヌエット部分がプツリと切れている。解説書によると,シューベルトはそこの直後に乱雑な字で「USW, USW」と殴り書きをしたらしい。

また,第4楽章は,仮に最後まで完成していれば全楽章通じて素敵なソナタになり得たのに,やはり途中でプツリと切れる。その切れる2小節前には左手の伴奏が消え,右手のメロディも突然消える。あまりに不可解な仕事の投げ出し方なのだが,何らかの事情があって完成させるのを諦めたのだろう。

それにしても,ここ1年ほどの私の状態は,この「レリーク」ソナタの他には喩えが思い付かない。
posted by gecky at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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