2006年08月29日

ローソク(その2)

ゼミの後で,愛弟子たちが40への坂を確実に下りつつあるお祝いをしてくれた。限りなく静かに,などと書いたからかもしれないが,感激。

bcake

ケーキのローソクの火を消したのは1年ぶりである。

年齢の話をしていたら,自称うちの研究室で最も年上だという学生に「先生は私とちょうどひとまわり違いですよ」と言われる。それで思い出したのは,私が学生時代に同じ研究グループにいたK先生がちょうど私のひとまわり上だった。当時もいまも,さすがに12年先輩だけあるというか相応の年の差を感じるのだが,同じ差をいまの学生たちに感じるかというとちょっと怪しい。
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2006年08月27日

ミッキーボンボン(その2)

ときどき,本当にときどき,国道357号(通称東京湾岸道路)を勤務先から自宅に向けて走行中に20時32分になることがある。場所にもよるが,市川市の千鳥町立体,塩浜交差点の手前,美浜立体の手前などからは,ほぼ正面に「ミッキーボンボン」が見える。もちろんさらに舞浜に近付けばもっと大きく綺麗に見えるのだろうが,私は美浜立体でR357を左方に出てしまうのでその先から見たことはない。

一度だけ,北海道か九州に出張した帰りの飛行機が羽田に向けて降下中に,右側の窓から「ミッキーボンボン」が見えたことがある。珍しい角度からでそれなりに綺麗ではあったが,「あぁ,ディズニーランドの花火ね」と言う程度で,やはり近くで見る音付き花火には及ばない。

ちなみに,TDRの近くに住んでいながら,そこに遊びに行くことは滅多にないので,まさに現場で「ミッキーボンボン」を見たことは数えるほどしかない。たぶん2回か3回くらいである。

今日は,ちょっと買い物に出かけた帰り,美浜立体の手前で20時25分であった。おっ,グッドタイミング,ということで,そのままR357を直進,富岡立体で左折してすぐの信号を右折。住宅地の中をまっすぐ進み,見明川の堤防にぶつかる手前で停車。20時31分。王子を抱いて以前清掃工場があった公園の入口で待機。直後に真正面に巨大な花火が上がる。街灯と電線が邪魔な程度で,デジカメの花火モードで撮った写真はこんな具合(下方の白い光は街灯)。

ミッキーボンボン

そういえばこの場所,入学から2年間通った中学校(3年になるときに自宅の至近距離に新しい中学ができたので転校した)のすぐそばである。ここの歩道は体育の時間のマラソンコースだったような気がする。王子に花火を見せに行ったはずが,往事の記憶(給食に出たカレー味付きうずらのゆで卵を5個,藁で作った巣に入れて街路樹の枝に載せておいたら大騒ぎになったことなど)を懐かしく思い出す羽目になった。
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2006年08月22日

平成

元号の話で思い出した。時を遡ること17年前の日記より抜粋編集:

1989年1月7日(土) 晴
7時15分起床。TVを付けた10分後「昭和天皇危篤」のニュース。7時50分頃「天皇崩御」のニュース。(実際には6時33分に崩御されていた)。8時半に家を出る。10時から11時半まで東陽町で塾講師のアルバイト(冬季講習期間中で中2数学の授業)。東陽一丁目バス停から深川車庫行きのバスで辰巳駅,有楽町線で有楽町下車(なぜそんな経路で行ったのだろう)。霞ヶ関の官庁街〜皇居前広場〜第一生命館〜都庁〜有楽町そごう付近の様子を撮影(都庁は国際フォーラムに,そごうはビックカメラになったんだよね)。ほとんどのビルに弔旗が出ている。カメラを持って歩く人多し。日比谷シャンテ横から数寄屋橋まで地下道。途中のベンチで「天皇崩御」の号外を拾う。数寄屋橋で地上に出て,銀座4丁目まで歩き山野楽器へ。ショーウィンドウ内の装飾がすべて取り外され,店内では音楽が一切流れておらず不気味。銀座通りの商店街もネオンや音が一切なく静まりかえっている。人々も皆無口で歩く。洋書イエナ〜ヤマハ楽譜売場〜鳩居堂のコンタックスサロン。14時50分頃,銀座4丁目交差点和光ビル横の電光ニュースで「新元号は平成」に決まったのを知る。有楽町線で池袋へ。駅前で新元号決定の号外を配っている。15時50分発各停で富士見台。16時半から18時まで富士見台教室(上述の塾の別教室)でアルバイト。中3英語の授業。18時29分発で池袋,18時50分発で新木場,19時30分発で新浦安。帰宅。電磁気学の試験勉強。

・・・いまから思えば,「平成」という新元号を銀座4丁目交差点の電光ニュースで初めて知ったというのは,なかなか「オツ」ではないか。

銀座の地下道のベンチに置いてあったのを拾った「昭和天皇崩御」の号外と,池袋駅前でもらった「新元号は平成」の号外は,いまも手元に残っている。
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2006年08月21日

ミッキーボンボン

東京ディズニーランド(TDL)では,天気の良い日はほぼ毎日,夜8時32分頃から約3分間花火が上がる。ディズニーシー(TDS)も共通運用で,園内のパレードなどの進捗に合わせて打ち上げられるものだが,花火なので当然かなり離れたところからも見える。TDR (=TDL+TDS) と同じ市内にある我が家からも毎晩花火が見え,風向きによっては花火の音もよく聞こえる。

我が家の周囲にはマンションなどの高層建築物が多いのだが,どういうわけかこのディズニー花火と富士山の方向にはとりわけ高い建物がなく,しかもどちらもリビングルームからほぼ正面なので,「眺めの良い部屋」には違いない。もう少し距離が近いと,さすがに毎晩ボンボンと音を立てて花火が上がったらうんざりするかもしれないが(実際,舞浜地区の住民は大いに迷惑がっているらしい),近すぎもせず遠すぎもせず適度な距離である。もっとも夜8時32分に家にいられる日は少ないのだが。

このディズニー花火のことを,王子語で「ミッキーボンボン」という。説明が不要なほど明快なネーミングではあるが,いちおうミッキーマウスの顔の形をした花火が時々上がるのに由来している。ボンボンは風に乗って聞こえてくる音。

TDRのイベント係がそこまで考えたのかどうかは定かでないが,8時半という時間はちょうど「よい子はおねんね」の時間である。我が家の王子も,ミッキーボンボンが見えたらネンネである。まぁたいていそう簡単に寝てはくれないのだが。

ところで,1歳だった頃は,暗闇に散る光+低周波の音は必ずしも良い印象を与えなかったらしい。2歳になったいまはさすがに慣れたようだが,初めのうちは「ミッキーボンボン=コワイ」という反応だった。それが転じて,いつしかコワイものはすべて「ミッキーボンボン」になった。雷鳴や真下の道路を走り抜けるバイクの音はもとより,とつぜん鳴る電話の音や台所で食器がカタッとなる音もいまやすべて「ミッキーボンボン」である。

ちなみに,パウル・クレーの「旗の立ったパヴィリオン」を見たときの第一声も「ミッキーボンボン」であった。確かに黒地に赤やオレンジや黄色の線が描く模様は花火に見えなくもない。
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2006年08月16日

ようやく夏休み

このブログだけを見ていると,8月に入ってからずっと夏休みのようだが,実際にはずっと仕事をしていたのであって,ようやく本当の夏休みである。

今日は猛暑の中,午後から王子を連れて成田空港の裏側のこんな景色の場所へ。

KKH

交通博物館では大興奮だったので,ここでも,と思ったのだが,飛行機にはあまり興味がないようであった。

東総農道を抜けて太平洋岸へ。道端で見かけたスイカ。

スイカ

飛行機がダメなら電車に,と,最近ニュートン氏も乗りに来たらしい電車に乗せてみる。ここではそれなりに興奮。どうやら「空<鉄」らしい。

銚電

この鉄道に初めて乗ったのは,確か1982年8月だったな。その後5回くらい乗りに来た覚えがあるが,いまも24年前と何ら変わっていない。

犬吠駅前に車を停め,電鉄直営のたい焼き屋のある観音まで乗車。切符は車掌が売りに来た。

銚電車内券

たびたび訪れる漁港近くの店で1780円の海鮮丼。

海鮮丼2

利根川の河口付近で,誘導システムに「自宅へ帰る」と言ったら,川を渡って茨城県側へ,と指示された。半信半疑で従ってみたのだが,確かにそうしたほうが道がよく,所要時間も短いようであった。
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2006年08月06日

ブアビの謎

「しまじろう」は相変わらず王子語では「バータ」である。

ところで,先に書いたキイロプップの話もそうだが,この子は色に異常に敏感である。子供はみんなそうなのかもしれないが,目に入る物を次から次に指差して,その物の色を言う。すれ違った人のシャツを指差して大声で「キイロ」「アカ」などと叫ぶこともあるから気を付けねばならない。少なくとも色盲ではないらしい。

いまのところ自動車は「プップ」,電車は「シャッシャ」なので,白い車は「シロプップ」,赤い電車は「アカシャッシャ」である。ゆえに青い電車は「アオシャッシャ」かと思いきや,「アオイシャッシャ」となるので,なかなかに王子語文法も複雑である。

赤・青・黄などの基本的な色の他に「オレンジ」「ピンク」なども使えるようになったのだが,なぜか緑は「ブアビ」である。しまじろうを「バータ」と呼ぶようになったきっかけを覚えていないのと同じく,いつから緑を「ブアビ」と言うようになったのかは分からない。緑の車は「ブアビプップ」,緑の電車(シルバーに黄緑の線が入った山手線も含む)は「ブアビシャッシャ」と言う。

最近,「これはナニイロ?」と物を指して聞くとちゃんと色の名前を答えるようになったのだが,植物の葉以外の緑色の物を指して「これはナニイロ?」と聞くと「ブアビ」と答えるので,やはり緑はブアビらしい。ちなみに植物の葉を指して「これはナニイロ?」と聞くと,「ハッパ」と答える。他の物の場合は,「これはナニ?」と「これはナニイロ?」の区別ができるのだが,葉っぱは「ハッパイロ」なのかも。

もう少しちゃんと意思の疎通ができるようになったら,何故にしまじろうが「バータ」で緑が「ブアビ」なのか本人に確認してみようと思う。
posted by gecky at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キイロプップの話

我が家はマンションの6階にある。総戸数が300戸以上という大型高層マンションにもかかわらず,駐車場は立体式ではなくすべて平置きである。したがって,上から見下ろすと,一面に300台以上の車がズラリと並んで壮観である。

6階の通路からもその駐車場がよく見下ろせて,観察すると,たとえばいまどんな色の車が流行っているのかがよく分かる。白やシルバーが8割以上,残りのほとんどが黒や紺などの濃色系と赤,その他の明るい色(緑・黄色・水色など)はごくごく僅かしかない。

2か月ほど前から,我が家の王子は,朝起きてくると私の腕を引っ張って「キイロプップミニイコ」と言うのが日課であった。玄関前の通路に出て,パパにダッコしてもらい,我が家のほぼ真下の駐車場区画に停まっている黄色の車を見よう,の意である。黄色いボディの車は見渡した限りでその1台しかなかった。上からその車を見つけると「キイロプップイタ」と言って喜ぶ。たまに外出中で不在だと「キイロプップナイナイ」と言って悲しむ。

毎日そうやって眺めていたのだが,1か月ほど前のある日以来,とつぜんそのキイロプップを見かけなくなった。初めのうちは「キイロプップナイナイ」「今日はお出かけしてるね」,「キイロプップナイナイ」「あれ,今日もお出かけだね」,と続けていたのだが,1週間以上戻らないので「もしかしたら,持ち主のおじさんかおばさん,あのキイロプップ売って別の車に変えちゃったのかもね」「アーン,キイロプップ…」

2週間以上見かけることなく,もうキイロプップは見られないかなと諦めかけていたある朝,相変わらず「キイロプップミニイコ」とせがまれ,抱いて通路に出た途端,耳をつんざく大声で「キイロプップイター」と王子が下を指差す。見ると,以前のキイロプップとは少し別の場所に,真新しいキイロプップが停まっていた。以前の持ち主とは別の人が,我が家の王子のために黄色いボディの新車を買ってくれたにちがいない。

今朝もピカピカのキイロプップは健在である。すぐそばまで見に行ってみた。

キイロプップ
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