2005年08月15日

チップ

アメリカほどではないが,フランスにもチップの習慣がある。旅行者や短期滞在者が経験するのは,頻繁な順に,レストランやカフェ,タクシー,ホテルのボーイだろうか。我々は,ボーイを必要とするホテルにはあまり泊まらないし,タクシーにもあまり乗らないから,日常的に必要となるのはレストランやカフェである。

日本語の旅行ガイドブックなどには,レストランでは5%,と書いてあることが多い。3〜5%と書いてあるものもある。しかしそれは目安であって,きっちり5%チップを置く必要はない。たとえば2人で食事をして勘定が16.50ユーロだったとする。その5%は0.825ユーロだから,元の金額に足して切り上げると17.33ユーロになる。が,33セントを財布から探して出すことはなく,17ユーロ置けばだいたいよい。もしもお店のサービスがとてもよく,料理も美味しくて,チップが3%少々では申し訳ないと思ったら,17.50ユーロ置けばよい。

16.50ユーロの勘定で,20ユーロ札しか持ち合わせがない場合は,それを支払うとお釣りが3.50ユーロ戻ってくるから,そのうちの50セント玉だけを残して取る。あるいは,1ユーロ玉を残してもよい。お店の側もよく心得ていて,たとえば15ユーロちょうどの勘定に20ユーロ札を出した時にお釣りを5ユーロ札で寄越すようなことはしない。お釣りの中からチップを残せるようにわざわざ細かい硬貨の組み合わせで出てくる。それも2ユーロ玉1枚+1ユーロ玉2枚+50セント玉2枚のような寄越し方をする。一瞬,どうしてこんな細かくするんだ,と思うが,それはその中から50セントあるいは1ユーロをチップとして残せるような配慮(?)なのだ。
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2005年08月14日

グルメの国

短期間ながらフランスで生活するのは2度目である。1度目と2度目では印象がだいぶ違うという話を前に書いたが,共通していることが1つだけあって,それはやはり食べ物は美味しいということである。

それほど高級なレストランに入らずとも,街中の小さな Brasserie(カフェレストラン)で出されるさほど高くない料理でも,実に美味しい。それも,期待しないで食べてみたら意外に美味しかった,というのではなく,美味しいだろうと期待しながら食べてやはり美味しいと思えるのだから大したものである。この町にやってきてから,もう何軒もカフェやレストランに入ってみたが,未だに,この店の料理はちょっと,というような(つまり美味しくない)店には出会っていない。

レストランの料理だけでなく,街角のパン屋で買うサンドイッチだとか,スーパーで売っているようなお惣菜に至っても,日本の平均レベルよりはよほど美味しい。私は決して日本の食材のレベルを低いとは思っておらず,むしろ最近はかなりな味を供するお店が多くなっていると信じている見識の元での評価だから,決して贔屓目に見ているわけではない。

それにまた,私は決して食いしん坊ではないし,料理が美味しくないことで有名なアメリカで2年近く生活しても特に困らなかったし,1週間コンビニのお弁当とカップラーメンだけで過ごせと言われても別段困らないし,そういう意味でこれもまた贔屓目に見ているわけではない,とたくさん前置きしてもなお,やはりフランスは食べ物が美味しい。毎日の食べ物が美味しいとそれだけで幸せな気分になれる。この理由だけで,フランスに引っ越してきてもいいと思えるほどである。

ちなみに,フランスで市販されている離乳食も美味しいらしい。そういう味を覚えてしまって,日本に帰ってからこれまで食べていた離乳食を口にしないのではと,少々心配である。
posted by gecky at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月13日

フランスでの日独親善

今日は土曜で仕事はお休み。

長年の良き友人であるドイツ人のC君一家が,わざわざ隣国ドイツのK村から我々を訪ねてきてくれた。とは言っても,聞けば車で4時間ほどらしい。浦安から白馬に行くよりも近い。

2年前,ジュネーヴでの国際会議に参加した後,同伴した妻と共にK村を訪ね彼らの家に数日泊めてもらって以来だが,3人の子供たちは2年でずいぶん成長していてビックリ。我が家の王子はまるでマスコットのように3人に可愛がられて始終ご機嫌であった。彼には言葉の問題はまったくない。何しろまだ日本語も喋らないのだから。

日独親善

C君と知り合った当時,産まれたばかりだった長女のIちゃんも,もう中学生になり片言だが英語を話すようになっている。片言とはいえ並の日本人よりよほど上手い。それにしても,C君も奥さんのAさんも,我々とはだいたい英語で話すのだが,家族のあいだではもちろんドイツ語で,カフェに入れば流暢なフランス語で店員と話す。まるでスイッチを切り換えるように見事に3か国語を操るのはスゴイと思う。どうしてそんなにフランス語が上手いんだと聞くと,こんなのまだまだ片言だと答えるが,それじゃ我々が単語を並べて辛うじて喋っているフランス語は片言以前の喋れない以前なのか。

長男のF君と,次男で末っ子のL君は,まだドイツ語しか喋れないようだが,あと数年もすれば我々より遥かに上手な発音で英語を喋っているんだろうな。ちょっぴり口惜しいが「言語間距離」の問題だと考えれば諦めざるを得ないのかも。
posted by gecky at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

カフェ

パリがカフェの発祥の地かどうか知らないが,至るところにある。店の外にも席を並べているところがほとんどで,気候の良いシーズンはつい外の席に座りたくなる。

店員の姿が見えなくても,席に着くとほどなく注文をとりに来る。メニューはあるが,頼まないと持ってこない。フランスでは「(アン)カフェ」というとエスプレッソが出てくる。ミルク入りのカフェオレは「(アン)カフェ・クレーム」と言えばよい。

コンピエーニュのカフェでは,カフェ1杯1ユーロか1.50ユーロ程度だが,パリでは2〜3ユーロ取られる。注文した飲み物(と場合によっては食べ物)と同時に,伝票兼レシートの紙を皿に載せて置いて行く。たいてい風で飛ばないように皿にはクリップがついている。その皿にお金を載せておくと,適当なタイミングで取りに来る。精算が終わるとレシートを半分ちぎることが多い。精算が終わっても好きなだけ座っていてよい。お釣りの一部か,ちょうど支払った場合は飲食した金額の3〜5%程度をチップとして皿に残していく。

Cafe Beaubourg
posted by gecky at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

212 rue de Tolbiac

懐かしい場所を訪ねて「懐かしい」と思うにはそれなりの条件が必要である。あまりに変化が激しいと記憶の光景と一致しないから素直に懐かしいと感じられず,こんなところだったかなぁと訝しく思う。そういうことはよくある。新しい建物がちらほら増えて,街路樹の雰囲気が少し変わっているくらいならば,以前の景色とはちょっぴり違うが,あぁ確かに何となくこんなところだった,そのくらいが「懐かしい」と思うのにちょうどよい。

ところが,久しぶりの場所を訪ねて,記憶にあるその場所の光景がそっくりそのまま,何も変わっていないとすると,これはただの「懐かしい」では済まない。むしろ,長い時間が瞬時に短絡したような,つい昨日のことのような感覚にとらわれて,何とも言いがたい空虚な「懐かしさ」を受容することになる。なぜ空虚かと言うと,俺はあれ以来ずいぶん長い人生を歩んできたのに,この場所は何も変わっていない,いままでの時間は何だったのか,と感じるからであろう。

そういうことは,相手が自然の場合,たとえば山や海の景色の場合には比較的よくある。どこかの海岸から見る遠くの岩の形など,そう簡単に変わるはずがないのである。しかし,人々が暮らしている街の中の景色ではあまり起こらない。少なくとも東京の近辺では,変化が激しく数年のうちに新しい建物が建つなどごく当たり前のことなので,過去の記憶とまったく同じ光景という事態はなかなかあり得ない。

今日の昼下がり,12年ぶりにパリ13区の 212 rue de Tolbiac (トルビアック通り212番地)を訪ねた。1993年の秋に数ヶ月間だが生活をしていた場所である。

Tolbiac通り

見事に何も変わっていない。道沿いに並ぶ建物どころかお店の看板も記憶のままだし,街路樹も12年前と同じ形である。この景色が目に入った途端,あのときに何を考えてこの道を歩いていたかまで鮮明に思い出したほどである。何とも言い難い空虚な懐かしさが胸にこみ上げる感覚。12年って長いのか短いのかよく分からぬ。
posted by gecky at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月08日

無料バス

欧米ではけっこうよくあることだが,コンピエーニュの町中を走っている公営バス(いわゆる「市営バス」といったところか)は,すべて運賃が無料である。つまり,誰でもタダで乗車できる。市内の路線なのでせいぜい30〜40分程度の範囲内だが,極めて便利には違いない。

日本でも最近は,地方自治体が運賃の半分以上を肩代わりした「コミュニティバス」を走らせたり,大都市の駅前から2〜3km以内の乗車は運賃を100円にしたりする試みが増えているが,運賃がタダというのはあまり聞かない。が,これは大いに検討してよいことだと思う。

そもそも,バスや鉄道などが赤字になるのは「当たり前」なのである。それを,赤字のローカル路線だから廃止せよ,など,私に言わせれば言語道断な話であって,赤字だからこそ国や地方自治体などが公営で税金を投入して運行するべきなのである。民営化して採算が取れない路線を次々に廃止してしまうと,最後には山手線と中央線と新幹線しか残らない。(そうでもないか? まぁ大差ないだろう。鉄道やバスは,決して人口密度の高い繁華な地域にのみ必要とされているものではなく,むしろ過疎で不便な地域を少しでも便利にして国土の発展を図るという目的を有しているはず,ということを言いたいための比喩である。)

しかるに,日本でこういう「無料バス」を是としないのは,大多数の若者や健常者や自家用車を保持する人々や環境保護などどうでもよい人々にとって,税金をそのような公共交通機関に投入するのは「けしからぬ無駄遣い」である,という偏見ないし固定観念の成果に違いない。

…と,「なぜこのバスは無料なのか」と考えていたら思い付いたので書いてみた。私も(日本では)バスなどあまり乗らないが,無料の公営バスが走る町は何だか羨ましい気がする。

TUCバス
posted by gecky at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 交通 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月05日

子連れフライト:バシネット

昨日も書いたが,飛行機には「バシネット(バシュネット)」と呼ばれるベビーベッドがあり,これもチケット購入時にリクエストできる。バシネットが取り付けられるのは,B747-400のエコノミークラスの場合,中央の4人掛け席の各セクションの最前部で,上部にスクリーンのある壁なので,必然的に座席はこの位置になる。

バシネットで寝られるのは体重10kg未満という条件があり,だいたい1歳すぎくらいまでか。我が息子はちょうど1歳になったばかりだが,体重は9kg弱でギリギリセーフ。離陸してベルト着用のサインが消えると,客室乗務員がバシネットを取り付けに来てくれる。実はこれまでにも何度かこの位置(中央列の前が壁になっている席)を指定して座ったことがあり,壁のところに金具のようなものが3つあるのは知っていたが,何に使うものかは今回初めて知った。その3箇所の金具にバシネットの支柱を差し込む構造になっている。
posted by gecky at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子連れフライト:ベビーカー

「子連れフライトの基礎知識」を執筆しようと意気込んでいる。わけではないが,忘れないうちにいろいろ記録しておく。

ベビーカー(バギー)は,原則としてチェックイン時に預ける。直接搭乗口に持ち込む人もいるらしいが,本来は何か特殊な事情(そのベビーカーでなければならない)の場合に限られるらしい。預けると,代わりに空港内で使えるベビーカーを貸してくれる。

チェックイン時に,現地ですぐにベビーカーを使うかどうか訊かれる。ここで Yes と答えると,飛行機の出口のそばまで持ってきてくれる。No と答えると,通常の託送手荷物と同じように扱われる。

出口まで持ってきてくれるのは便利だが,飛行機がゲートに着いてすぐに出てくるわけではないので,少し待たされる。着陸の前にスチュワーデスが座席までやってきて,ベビーカーが出てくるのに少し時間がかかりますから,他のお客さんが下りるまで座席でのんびりしていてください,と言う。その通りにしたが,のんびりしていたせいで入国審査の行列は最後のほうになってしまった。
posted by gecky at 22:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月04日

飛行機の子供

初めて子連れで飛行機に乗った。

これまで国際線の飛行機に何十回乗ったかもう分からないが,搭乗前のロビーで子供連れの人を見掛けることはあっても,自分の席の近くに子供が座っていたという記憶はあまりない。国内線では一度だけ,すぐ隣りにお母さんと3歳くらいの男の子の2人連れが座ったことがあった。ずいぶん前のことで私はまだ独身だったし,子育てなど別次元の話だったから,隣りでこの子が大騒ぎでもしたら嫌だなと思ったのだが,結果的にはずっとおとなしく2時間程度のフライトだったからどうということはなかった。

しかしヨーロッパまでは12時間である。初経験なので,奮発して子供分の座席も確保したのだが(ずっと膝に乗せていれば座席は必ずしも必要でない。というか,1歳児のために運賃を支払って座席を取る親などほとんどいないようである),それでもこの子がずっと大泣きでもしたらさぞ付近の座席の客には迷惑だろうな,と心配だったのである。

空港の搭乗ゲートでは,たいていファーストクラスやビジネスクラスの客と同じプライオリティで「おからだの不自由な方とお子様連れの方」が優先搭乗できる。従来まったく人ごとだったが,今回は夏休みでほぼ満席の大勢の旅行客の誰よりも優先的に搭乗できた。それで指定された席についてみたら,周囲には子供が大勢。航空会社にもよるのだろうが,こうして子連れは子連れで1箇所に固め,その他の客への迷惑を最小限に抑えているのだろう。そのお蔭で,途中何度かぐずぐずしたり泣いたりしたが,周囲も同様にぐずる子供だったのであまり気を遣わずに済んだ。

かなり早くにチケットを予約し,「バシネット」と呼ばれるベビーベッド(座席の前の壁に取り付けて使う)もリクエストしておいたので,エコノミークラスながら足元が広い特別席。機内食も「ベビーミール」をリクエスト。これは他のどの客よりも先に配られる。加えてヒコーキの模型などたくさんのオモチャも貰えて息子はご機嫌。12時間のフライトのうち4時間くらいはバシネットで眠ってくれたので,思ったほど疲労困憊せずに済んだのは何よりである。もっとも,残りの8時間ずっと座席でおとなしくしているはずもなく,ママと交代で抱いて機内を散歩したので両腕が激しく筋肉痛。

けっきょく疲労困憊はせずとも予想通り機中では一睡もできず激しく時差ボケ。前々日と前日の往復700kmのドライブも応えている。フランスに着いた日の夜,ようやく眠ろうとしたら,息子の体内時計はすでに朝になってしまい大いに動き回られたのには参った。心配していた飛行機はどうにかなったが,大変なのはこれからかも。
posted by gecky at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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